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生前は仲のいい夫婦でも墓は一緒に入りたくない!

 自分の最期は好きにさせてもらう。

⒝ある日、妻は夫とその先祖が眠る墓には入らないと決めた。夫婦仲が冷め切っているならわかりやすい。だが、現実はもっと複雑だ。

 2年前に夫と死別した70代の女性は今年、首都圏の墓地を契約した。それは桜の木を墓標とし、NPO法人が相互扶助で管理を行う「集合墓」。銘板には、旧姓で名前を彫るつもりだ。

「原点に戻って私は死にたいのです」

 一方、先に亡くなった夫は、郷里の墓に眠っている。女性が自分で契約した墓には分骨もしないという。

「自分の両親やきょうだいと一緒の墓に入ったほうが本人もうれしいだろうと判断しました」

 夫と生前、いがみ合っていたというわけではない。子どもがいないこともあり、若い時は2人でヨーロッパ旅行を楽しみ、晩年にがんを患った夫の緩和ケアは在宅で行った。傍から見たら仲の良い夫婦だった。

「夫はパートナーとして、私の意思を尊重してくれると思っていました。でも全く逆だった」

●もはやただの同居人

 一体、何があったのだろう。この夫婦の歴史を振り返らないと理解しづらいが、その前に、「夫と同じ墓には入りたくない」と考える女性は今や珍しくないことをデータで示しておこう。

 保険ショップ「保険クリニック」が2015年8月に40歳以上の男女各250人に実施したアンケート調査では、既婚女性の4人に1人は「配偶者と同じ墓に入りたくない」と回答していた。既婚男性では10人に1人の割合だった。

 同様のアンケートを今年7月、アエラネット会員にも実施した。「配偶者とお墓に入りたいと思いますか」という問いに対しては、73人中8人が「絶対嫌」と回答。いずれも女性だった。「子どもの父親だが、夫婦の関係は終わっているので同じお墓に入る必要がない」(既婚女性、49歳)など、夫婦の仲が冷めているようだ。

 アンケートで「裏切り者とはおさらばしたい」と答えた既婚女性(59)は、こう明かす。

「自己中心的な夫は子どもが生まれても自分が一番。両親に心配をかけたくないので、産んだ覚えのない長男と思って頑張ってきたけど……」

 その上、不倫が発覚。謝罪の言葉もなく、今はただの同居人と化している。夫は「君の実家の霊園に入ろうかな」と無邪気に語る。「私が何とかしてくれるとでも思っているの?」と心の中で思い、完全にスルーしている。

 アンケートでは「できれば入りたくない」という回答も11人で、うち7人が女性。その一方で「入りたい」と回答したのは40人で、やはり多数を占めた。だが、理由をよくみてみると「どっちでもいい」「こだわりはない」など消極的な選択も。

 実は、この一見すると夫婦円満というケースも侮ってはいけない。冒頭の女性も夫が亡くなるまで「そこそこ、今の生活に満足しているから、お墓はどうでもいい」と考えていたからだ。

●根本的な価値観の相違

 さて、話をその女性の夫婦関係に戻そう。女性と夫はともに読書家。夫はフランス好きで、女性はミッション系の学校に通っていたため海外の文化には明るかった。「食」にこだわる贅沢なところも2人は似ていた。

 転機は、夫の定年とともに訪れた。夫は農家の長男だったため、夫婦で先祖の墓と山林のある故郷に戻った。以来、夫は果樹栽培に凝りだし、特にブドウには「ワインをつくりたい」と心血を注いだ。女性も夫をサポートした。

 一つだけ気になったのは、義理の弟と妹との距離感。特に末っ子の妹は、物心両面で夫に甘えてきた。夫も頼られることで絆を確かめていたようだった。

「山林田畑のことはちゃんとしておいてね」

 女性は機会があるたびに、口を酸っぱくして夫に言ってきた。だが、夫は遺言を一行も残さず亡くなった。

 すぐに相続問題が勃発。女性は自分の住む家があればよく、山林や農地にはこだわっていなかったが、夫が心血を注いだブドウ畑だけは、志のある若者に譲りたいと思っていた。それが夫の遺志だと女性は思ったからだ。だが、義理の弟妹たちの受け止め方は違っていた。

「先祖代々からの土地を赤の他人に譲るなんて。許せない」

 特に末っ子の義妹が猛反発。女性が農地にこだわっていないのにも不満を示した。

「お義姉さんは私の親の人生までも否定した」

 義妹に女性は全く共感できなかったが、根底に、価値観の相違と血のつながりのない者への不信感があると気づいた。

●確信犯だった夫

 相続問題はもめにもめ、その途中で女性は乳がんを発症。手術で乳房を全摘した。

「おかげで終活を意識。ワガママでも最期まで自分らしく全うしたいと思うようになりました」

 血縁に頼るのでもなく、かといって孤立するのでもなく、人生を前向きに終わらせたい。模索していた時、桜葬に取り組むNPO法人と出合った。生前契約で葬儀のサポートも受けられる。何より、事情を抱えた会員の手記が、相続問題で苦しんできた女性の心をほぐしてくれた。

 今、振り返ってみると、夫は「確信犯」だったと女性は思う。夫は死を意識した時点で「遺言は書かない」と言っていた。

「彼は、私と義妹が合わないのがわかっていた。先祖の土地と身内を大事にする義妹にとって、私は耐え難い人。夫婦でも自立した人間だと考えていたから。彼は私と義妹とのはざまで揺れて、結局は私が苦労するほうを選んだのです」

 パートナーの意思も尊重できない。そんな夫婦であったことが女性には悲しく、つらかった。だが、墓の選択に後悔はしていない。

「こんなことがなければ夫と同じ墓に入っていたかもしれません。でも、問題は急に発生したわけではない。死後にあらわになっただけなんです」

●家制度の名残に拒否感

 夫婦の間に溝はなくとも、かつての家制度の名残である「◯◯家の墓」に強い抵抗感を示す女性は少なくない。アエラネットのアンケートでも「義理の両親と一緒になるのがいや」(既婚女性、46歳)、「配偶者の実家のお墓には絶対に入りたくない。遠方で住んだこともないし、数えるほどしか訪れたこともない」(既婚女性、51歳)などの回答が目立った。

 関東地方の寺院の樹木葬の権利を契約した女性(65)もそんな一人だ。義理の母親とは5年間同居して「いい方で、とても尊敬していた」と話す。夫は長男だから墓を守るという意識がある。それでも、こう断言する。

「でも私は死んでも夫の実家の墓には入らない」

 基本は男子の直系しか入れない「◯◯家の墓」には、「自分の娘も入れないなんて」と以前から疑問を抱いていた。寺から法事などで数十万円の寄付を強要されるのもおかしいと思った。

「子どもたちにこうした負担を負わせたくないな」

 墓問題への意識が強まったのは、15年ほど前にホスピスで音楽ボランティアに携わったことがきっかけだ。
「喜んでもらって、次に行くとその人はいないというのが日常でした。人って死ぬんだ、と。夫の墓には入りたくないけど行き場所がなければ、そこに入れられちゃうと焦りました」

 自然葬を受け入れている寺院を探し、8年ほど前に契約した。継ぐ人がいなければ里山になるという。会計報告も明朗だった。墓標の代わりにムラサキシキブを植樹するつもりだ。

 契約前には、夫を現地に連れていった。
「ここにしようと思うの。いい?」と夫に尋ねると、「君がそうしたいなら、ここにしたら」と反対はしなかった。

 その後も寺院で開かれる「集い」に一緒に参加している。とはいえ、夫の内心は複雑なよう。
「あなたもここに一緒に入りましょうよ」と誘うと、夫はいつも「君は、ここ以外に入る気はないのか」と逆に質問して答えを濁す。もちろん女性の気持ちは揺るがない。

「家事をして、子育てをしてと、結婚後はどうしても人と合わせることが多かった。死ぬ時だけは自分で選択したい」

 と晴れやかな表情。夫はまだ踏ん切りがつかないでいる。

 人生の最後に夫婦の仲が試されるのが終活。どちらかが感じたしこりや心の隙間に生じた小さなさざ波は、すべて「墓」につながっているのだ。(編集部・鎌田倫子)
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